飲み会の日から四日が過ぎた水曜日の事だった。風呂から上がり、 自室に戻り、スマホのゲームでもしようかとしていた時だった。
スマホへの着信。普段電話が掛かってくるなどほとんどなかった。
表示を見ると、あの理沙だった。心臓がドキンと高鳴った。
「もしもし・・・」
「飲み会でご一緒した黒木ですけど・・・」
心臓がバクバクしていた。連絡するとは言っていたが、本当に電話してくるとは思ってもいなかった。最近、女の子と電話で話した事 なんて、いつだったろう。思いだそうとしても思い出せなかった。
著しい動揺と緊張。言葉が出ずに、ただ固まっていた。
気の利いた言葉も見付からず、マゴマゴとしていると、理沙の方から単刀直入に用件を伝えてきた。
「あの、今週の週末って時間有りますか?」
それを聞いた俺は、思わず生唾を飲み込んだ。
予定も都合も何もない。時間ならいくらでも有った。
「話したい事が有るんです・・・会ってもらえませんか?」
女性から誘われた事など一度も無い。あまりの突然の事に、頭の中はパニックになっていた。額には脂汗が噴き出し、頬を伝って流れ 落ちていく。
「大丈夫ですよ・・・何も予定無いし・・・」
「本当ですか!嬉しい!ありがとうございます!」
彼女の喜んでいる声に、だらしない程顔がにやけていた。ありがとうと言いたいのは俺の方だ。
夢心地の中で、彼女と約束を交わした。電話が終えた後も、しばらくの間は呆然としたまま夢心地が続いていた。
嫌いな奴とは言え理沙は他人の彼女だ。例え何も無かったとしても 彼女と親しくなれれば、その友達でも紹介してもらえるかも知れ ない。そんなきっかけでも無ければ、今の俺には女性と知り合うきっかけも機会も全くと言って良いほど無い。それほど女に飢えていた。飢えきっていたのだ。
その夜は、期待に胸と股間を膨らまし、興奮してなかなか寝付けな かった。
彼女と約束した土曜日がやってきた。約束の時間は午後七時。今はまだ昼過ぎだ。
ソワソワと落ち着かない。時計を見ても、もどかしい程時が進まない。
何か時間潰しは無いものかと模索するが、普段から趣味も熱中出来るものも何もない。やりつけないスマホのゲームで時間を潰すが、直ぐに飽きて放り投げた。
結局、いつもの喫茶店に行った。話し相手が居なくとも、カウンターに座ればマスターが居るからお喋りくらいは出来る。
店は思ったより客が多かった。忙しくしているマスターに気軽に話せる様子では無かった。
新聞に目を通しながら時計に目を向けた。まだ5時前。深い溜め息が漏れた。
やたらと煙草ばかり吸ってしまう。手の空いた時にマスターと喋りながら時間を潰し、そろそろ行こうかと思う頃、店にあの伊藤潤が入ってきた。
幸せ満開春欄間を地で行くような笑顔に、底無しのハイテンション。露骨に顔をしかめてやったが、奴はお構い無しだった。
マスターが、「あれっ?潤ちゃん、一人かい?」と聞く。
「いゃぁ、約束してたんだけどね、今日はちょっとダメになっちゃってさ・・・」
奴はそう言いながら、カウンターの一番端に腰を下ろした。
それを聞いて俺の顔は引き攣り、鼓動が早くなった。
(彼女は、こいつとの約束をキャンセルして、俺と会う事にしたんだ・・・)
伊藤を裏切る様な後ろめたさとともに、今までに経験したことの無い、何とも言えない優越感を覚えた。
何とも気分が良い。引き攣っていた顔が、思わずニヤケそうになった。
「彼女、凄い可愛いもんなぁ・・・」
奴に水を向けてみると、伊藤は身体を乗り出し、「でしょう~」と言って殊更いやらしい顔をしてニヤついた。
そして「淳史さんも、そろそろ好い人見つけないとね・・・」と付け加えると、勝ち誇ったような顔で笑った。
上から目線の言い草に、向かっ腹がたった。これから理沙と会う事に、後ろめたい思いを抱いていたが、そんな良心も吹き飛び、俺は喫茶店をあとにした。
次のページへ続く